肝臓がん(肝細胞がん)

肝臓に発生する原発性のがんとしては、胆管細胞癌や肝血管肉腫などの稀な腫瘍もありますが、95%が「肝細胞がん」とされています。原発性肝癌と言うと肝細胞がんとほぼ同じ意味で使われることもあります。

日本では現在二人に一人が「がん」になる時代だと言われています。厚生労働省が2023年9月に発表した2022年の部位別がん死亡者数統計によると肝がんによる死亡者数は全国で23,620名(男性:15,717名、女性:7,903名)、部位別の順位では男性で5位、女性で7位となっています。また肝がん罹患者数は2022年5月に厚生労働省と国立がん研究センターにより発表された「2019年の全国がん登録」によると37,296名(男性:25,339名、女性:11,957名)、男性では5位、女性では10位となっています。統計を取った年が若干ずれていますが近年の傾向としては大きな変化はないと考えられます。年間4万人近くが罹患、そして2万人以上が死亡しているということからも決して稀な病気とは言えないのではないかと思います。

肝細胞がんの場合、多くはその背景に慢性肝炎が存在します。慢性肝炎では肝臓に慢性の炎症が起こることにより、肝細胞の遺伝子に傷が付くと考えられています。少々の傷であれば修復することが可能ではありますが、炎症が慢性に続くと中には修復が不可能な状態になった肝細胞が出現、その一部ががん化して増殖したものが「肝細胞がん」になるわけです。

現在日本人の肝細胞がんの原因の半数以上はC型、B型の慢性肝炎ですが、最近ではこれらウイルス性ではない非B非C型肝がんの増加が注目されています。その多くがおそらく脂肪肝を背景としたいわゆる「N(M)ASH」が原因と推察されています。特に肝硬変に進行している症例では肝細胞がん発生のリスクが高くなります。

肝細胞がんの診断には、まずこれらのリスクが存在するかを判断することが重要です。これらリスクのある患者さんは肝細胞がんのスクリーニングとして腫瘍マーカー検査(血清AFP値、PIVVKA-II値など)、および腹部超音波検査、CT検査、MRI検査などの画像検査を組み合わせて早期発見に努めます。概ね腫瘍マーカーの検査は1-3ヶ月に1回(特にウイルス性肝炎の患者さん)、画像検査は少なくとも半年に1回程度(ウイルス性の肝硬変は3ヶ月に1回程度が推奨)の検査を行った方がいいと考えられています。

肝細胞がんの診断で最も重要と考えられるのが腫瘍内の血流に着目した画像検査になります。超音波用造影剤を用いた造影超音波検査、放射線用ヨード造影剤を用いた造影(ダイナミック)CT検査、造影MRI検査などがあります。特に肝細胞がんにおける造影剤を用いた画像検査では「造影される(血流が豊富)かどうか」というだけでなく、造影効果の時間的な変化も大変重要です。基本的には肝細胞がんの場合、これらの造影検査では注入後早期に腫瘍部分が造影されることが特徴で、その後やや時間が経ってからはむしろ周囲の肝細胞より腫瘍部分で造影剤が早く抜けてしまう、というのが大きな特徴です。特にプリモビスト(MRI用の造影剤)での造影MRIで造影剤注入後15分くらいの遅いタイミングで撮影した場合の「造影剤の抜け」は肝細胞がんの最も早い時期に現れる変化と考えられ、早期発見に最も有用な所見と考えられています。

肝細胞がんの治療には、肝切除、焼灼療法、経カテーテル的肝動脈塞栓術(TACE)、薬物療法、肝移植など様々なものがあります。肝細胞がんの治療の場合、他のがんと違った大きな特徴として、生命維持に直結する肝臓への、治療に伴う障害の影響が避けられないため、がんの進行度の他に、治療による肝臓のダメージにより命を落とすことのないように肝臓の機能がどのくらい余裕があるか(肝予備能)を考慮して治療方針を決定します。このうち、肝切除術、焼灼療法、肝移植が再発リスクの少ない進行度が比較的進行していない症例に行われる根治的治療と考えられています。経カテーテル的肝動脈塞栓術(TACE)、薬物療法については比較的腫瘍が進行した症例に行われることが多く、根治的治療というよりはがんと付き合いながら患者さんの予後を延長する治療と位置付けられています。

特に最近では肝臓以外の臓器に転移を認めたり、肝臓内にとどまっていても腫瘍が進行してしまっているため薬物療法以外ではコントロールが困難な根治治療不能な症例に対する薬物療法の進歩に大変目覚ましいものがあります。以前、例えば私が医師になった頃は肝細胞がんの薬物治療と言えば、いわゆる古典的な殺細胞性抗がん剤の組み合わせで治療を行っていましたが、副作用の割には十分な効果の出る治療はない時代が長く続きました。2009年に初めてプラセボ(偽薬)と比べて生存期間の延長を示すことができたソラフェニブという主にがん細胞に対する血管新生に関わるタンパク質を抑制する分子標的治療薬が承認されて以来、進行した肝細胞がん患者の予後延長に寄与してきました。最近ではこの他に肝がんの周囲環境でがんを死滅させるための免疫反応を活発化させることでがん細胞の抑制を行う免疫チェックポイント阻害薬が治療の中心となってきています。

今年(2024年)に国立がん研究センターにより発表された、2011年に全国のがん拠点病院などで診断されたがん患者の部位別生存率によると肝細胞がんの10年生存率は全体で22.6%とがん患者全体の平均(53.5%)よりかなり低いものになっております。もちろんこの中には進行度(ステージ)の違いによる生存率の違いもあり、例えばステージ1では34.0%、最も進んだステージ4では1.0%となっています。この辺りはここ10年の間に進歩した治療により改善される可能性は十分ありますが、いずれにしても依然治療の難しいがんの一つであることは間違いなく、早期発見、早期治療が極めて重要であることは確かです。