「風邪を引く」、皆さんの誰もが幼少の頃から何度も聞いたことのある病気だと思います。英語では”catch cold”と言い、直訳すると「寒さを捕まえる」ということになります。日本だけでなく、世界共通でいかにもありふれた病気、というイメージの言葉ではないでしょうか。このように皆さんもよく御存知の病気ではあるのですが、おそらくこの章を読むことで皆さんが「へえーっ」と思う情報について述べてみようと思います。
風邪というのは正式には「かぜ症候群」と言います。「感冒」という別名もあります。風邪には特有の病原体が存在する訳ではなく、様々なウイルスや細菌が主に上気道(鼻やのどなど)に感染することにより、発熱、鼻汁、鼻閉感(鼻づまり)、咽頭痛(のどの痛み)、咳や痰などの様々な症状を起こす病状の総称ということになります。これらの症状はほとんどが複数現れることが多く(例えば咳と咽頭痛、鼻汁と咳と痰など)、「風邪」の一つの特徴とも言えるかと思います。逆に発熱のみ、咳のみ、鼻汁のみ、と言った症状が単一の場合はむしろ風邪以外の病気を念頭におかなければいけない場合もあります。
風邪の原因の90%程度はウイルス感染と考えられています。主なものとしてはアデノウイルス、ライノウイルス、RSウイルス、コロナウイルスなどで、風邪を引き起こすウイルスとしては200種類以上あるともされています。残りの原因の10%が細菌、マイコプラズマ、クラミジアなどのウイルス以外の病原体とされています。このことからも「風邪」というのは多彩な病原体が原因となり得る感染症であることがわかります。
少し余談になりますが、ここで一つ最近よく話題になるウイルスが含まれているのに気付かれた方も多いと思います。そう「コロナウイルス」です。ここ数年世界中で猛威を振るった「新型コロナウイルス(SARS-CoV2)」はもちろんこのコロナウイルスから派生したウイルスです。もともとの風邪の原因の一つだったウイルスの毒性が強くなり、高齢者を中心に多くの死者を出したのが新型コロナウイルス感染症ということになります。これは新型コロナウイルスと並んで怖ろしいウイルスと言われているインフルエンザウイルスがおよそ100年前に「スペイン風邪」として猛威を振るって世界中に多数の感染者、死者を出し、現在にも根付いているのと状況は似ています。おそらく新型コロナウイルスも、このインフルエンザウイルスの歴史を考えると今後も消えることはなく、人類の感染症の一つとして定着していくだろうことは容易に想像できるかと思います。
少し話を戻して風邪の治療の話です。先ほども述べた通り、風邪の原因病原体は非常に多岐に渡ります。そこで風邪の場合はいちいち原因ウイルスを調べることはほとんどありません。と言うのは、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス感染症に対する抗ウイルス薬のように特有のウイルスに対して効果を示す薬は少なく、「風邪薬」と言えば主に症状を抑える薬、すなわち対症療法がメインになります。つまり、風邪薬と言うのは「風邪ウイルス」をやっつける薬ではなく、あくまで風邪を引き起こすウイルス感染に伴ういろいろな辛い症状を抑えながら、ウイルス自体は患者さんの免疫反応で排除する、というのが風邪の治療になります。実際に風邪というのは、それこそ薬を飲まなくても、「よく寝て」「よく食べて」をすれば基本的には自然に治っていく病気でもあります。
ただ、実際問題は風邪を引いた、というだけでは「よく食べて、寝る」という時間が取れない方も少なくないと思いますし、何より症状が辛いため、やはり多くの方は何らかの薬を飲むことになるかと思います。風邪の患者さんに対しては、私は主に総合感冒薬を好んで処方しています。これは1種類の処方で風邪に伴う複数の症状をカバーすることができる、というのが理由です。その一つがPL配合顆粒です。これはサリチルアミド(抗炎症薬)、アセトアミノフェン(解熱剤)、無水カフェイン(咳止めの作用)、プロメタジンメチレンジサリチル酸塩(抗アレルギー作用)が少量ずつ含まれた合剤で、風邪に伴う咽頭痛。発熱、咳などにも効果を示し、鼻汁や鼻閉感が前面に出る風邪に特に有効とされています。ただ、この総合感冒薬の使用については賛否両論あり、例えば抗アレルギー成分が眼圧上昇、排尿困難などの副作用として現れることがあり、高齢、特に男性の方では投与は慎重にせざるを得ません。また、それぞれの成分が少量なので、むしろ前面に出ている症状に対してピンポイントに効く薬を組み合わせた処方を好む先生もいらっしゃいます。ただ、風邪の症状が基本的に複数あることから、私の場合はなるべくシンプルな処方の方がいいと考え、総合感冒薬を使っています。
あともう一つ頻用するのが漢方薬です。使用頻度の高いのが葛根湯です。これは、先ほどの高齢の方の場合に緑内障や排尿困難などの副作用が起こりにくく、比較的使いやすいということもあります。また漢方薬はもともと複数の生薬を組み合わせた合剤ではありますので、複数の症状が出やすい風邪の治療にはうってつけ、というのもあります。葛根湯の場合は、もともと関節痛のある患者さんに効果を示す薬剤とも言われているので、特に風邪で「節々が痛い」という訴えの患者さんには有効と考えています。また、漢方薬を風邪で使う場合は、その病期により使う薬を変えた方がいいとも言われています。例えば風邪の引き始めでまだ発熱がなく、寒気などが強い患者さんには麻黄附子細辛湯、少し病期が進んで汗が出だしたりすると桂枝湯、少し体力の弱めの方には香蘇散、また病後の体力低下に補中益気湯など、使う薬を変えた方が患者さんの症状に合う場合もよくあります。
もう一つの話題としては「風邪に抗生剤は必要か」という点です。確かに昔は好んで風邪に対して抗生剤が使われていた、という歴史はあります。私も医師になりたての頃は先輩たちに習って抗生剤の投与を行っていました。ただ、先ほども述べた通り、90%以上がウイルス感染症である風邪に対して、細菌を殺す薬である抗生剤は何の効果も現わさないどころか、副作用のリスクさえあります。また、「二次的な細菌感染予防」ということで抗生剤を処方される先生もいたりしますが、実際問題抗生剤で二次感染が予防できる、という科学的根拠は全くありません。もちろん、風邪も細菌が原因となることがあり、例えばのどに汚い白苔が付着している患者さんなど細菌感染を示唆する所見がある場合は私も抗生剤を使用しますが、特に抗生剤の濫用で耐性菌(抗生剤が効かなくなる菌)の発生が問題視されている現在、風邪には多くの場合、基本的には抗生剤は使用しないようにしています。
今回風邪について、少し軽めに書いてしまったかもしれませんが、ただ、昔から「風邪は万病の元」と言われていますよね。これは風邪そのものが悪いというよりは、風邪を引くことで体力が衰えてしまう所に思わぬ余病を合併することがあり得る、ということです。手洗い、うがいの励行などまずは「風邪を引かないこと」が大事で、もし運悪く風邪を引いてしまった場合は薬による治療よりはまずは十分な休息と栄養が最も大事、ということになります。