漢方薬…何だか古臭い薬、本当に効くの?などのイメージを持たれる方も多いかと思います。漢方医学は5-6世紀頃に古代から伝わる中国医学が朝鮮半島を経由して我が国に入ってきたのが始まり、とされています。漢方薬というと「中国の薬」というイメージを持たれている方も多いかもしれませんが、日本の風土や気候、日本人の体質に合わせて独自の発展を遂げた医学、すなわち実は日本の立派な伝統医学の一つではあります。
現在日本で主に行われている西洋医学の場合は治療には主に「西洋薬」を使うことになります。「西洋薬」の場合は、ある症状に対して、こういうメカニズムで起こるからそのメカニズムを止める、あるいはそのメカニズムを利用する形で薬が作られることになります。症状、病態に対して「ピンポイント」に効くのが「西洋薬」と考えられ、基本的には効果はシャープであると考えられます。
一方で漢方薬というのは中国医学で経験的に病気の治療に使われてきた自然の植物から作られる「生薬」を調合することでより一人一人の患者さんの「体質」に合わせた薬を作っていきます。先ほども述べた通り、これらが中国とは違う日本の気候、風土、日本人の体質に合わせて日本独自の漢方薬ができてきております。つまり、それぞれの患者さんの体質に合わせて作るので、実は同じ病気でも患者さんによって使う薬が違う、ということもよくあります。「西洋薬」よりはずいぶんあいまいな感じもするかと思いますし、ある意味複雑な「職人芸」が必要な薬でもあると言えます。
漢方医学には独特の診察法があります。「四診」といい、望診(視覚によって患者さんの状態、例えば顔色、皮膚の色、舌の状態、歩行の状態などを観察する)、聞診(聴覚、嗅覚を用いて患者さんの発する声の状態、咳やにおいなどで情報を察知する)、問診(患者さんの訴えを聞いたり、逆に医師から質問するなど、対話にて情報を把握する、これは西洋医学でも共通ですね)、切診(触覚を使った診察法、腹部の緊張、脈の強弱など)の四種類からなります。医療器械等を用いることなく、いわゆる医師の「五感」を駆使することで患者さんの体質を正確に把握する、という診察法になります。
日本では医師が西洋薬、漢方薬の両方を処方することが可能です。今まで述べてきた通り、本当の意味で「漢方医学」を極めようと思えば、西洋医学とは違う特殊な教育や経験が必要にはなってきます。日本の医学部教育にも2007年から漢方医学についてのカリキュラムが組み入れられることになりましたが、西洋医学をベースにした医学部教育のごく一部に組み込まれている、という程度ではありますので、もちろん本格的な漢方を用いた診療を行うには十分な時間が取られている訳ではありません。ましてやこのように書いてきている私自身はもちろんそのはるか前に医学部で教育を受けているため、正式に「漢方医学」を習った経験は全くありません。
そんな「なんちゃって漢方医」でも漢方薬が使えるようになっているのがある意味では日本のシステムの優れた所です。日本にも漢方薬に特化した製薬会社がいくつか存在しています。それらの企業が日本の伝統医学として、古くから集積された治療として使われる「生薬」の配合割合についてのデータに基づいてある程度パターン化された配合製剤を製品化しており、「漢方専門医」でなくても割と簡便に使うことができるようになっています。
日本で発売されている医薬用の漢方薬はそれぞれの病気や症状に合わせて大体一種類の製剤に7-8種類の生薬を様々な割合で組み合わせた製剤となっています。漢方薬というと「そんなに即効性がないんじゃないの?」「本当に効くの?」などの疑問を持たれ、私が患者さんに処方する際も「漢方薬?だったらいいです」と言われたこともあります。ただ、実は漢方薬に「即効性がない」というのは一部間違っている部分もあります。例えば生薬である麻黄に含まれるエフェドリン、生姜に含まれるショーガオール、山椒に含まれるヒドロキシサンショオールと言った成分は分子が小さいため腸管からの吸収が早く、効果が比較的速やかに現れるとされています。
漢方薬は基本的には食前投与となっています。これは生薬の一部に含まれる「配糖体」という成分が腸内の細菌に利用されることで効果を発揮するからと考えられています。食後に投与するとこの腸内細菌に影響して効果が減弱する可能性があると考えられています。ただ、全く効かないという訳ではないので、食後投与の薬を併用しているため分けて飲むのが難しい、などの方の場合は食後投与もやむを得ない場合もあります。また、漢方薬はもともと自然の植物からできる生薬の「エキス製剤」の顆粒になっています。そのためどうしても生じる「苦味」が苦手、という方にはオブラートなどに包んで服用する方法、あるいは「粉」が苦手、という方にはお湯に溶かして服用する、という形でも構いません。もともとが「煎じ薬」として発達してきた薬であることからも想像しやすいかと思います。
漢方薬の考え方としては今まで述べてきた通り、患者さんの体質に合わせて生薬を調合し、病気を治していくという考え方です。このような特徴を有することから、漢方薬が一番使える場面としては、「あまり検査等ではっきり異常が捉えられないにもかかわらず体調不良がある」という状態だと思います。画像検査等で明らかな病変がある場合、あるいは何らかのはっきりした検査異常がある場合は、例えば手術によって取り除く、あるいはピンポイント、かつシャープに効果を現わす西洋薬の方がいい場合が多いです。病気によってはそれが唯一の推奨治療だったりする場合もあります。ただ、問題は明らかな異常がなくても何らかの体調不良がある場合です。患者さんにしてみれば辛い症状なのに、「検査異常がないので特に薬は必要ないです」で済まされるということを経験されたこともある方もいらっしゃるかもしれません。ただ、患者さんとしてはそう言われても「本当に大丈夫かな…」と不安になってしまうのではないか、と思います。このようなケースの場合で、合いそうな漢方薬がありそうな方に、私は「試しに漢方薬を使ってみますか」とお勧めしてみたりしています。もちろんそれで全てが解決する訳ではありませんが、中にはとてもよく効く方もいらっしゃいます。
病変部位を発見してピンポイントでその部分を潰す「西洋医学」と患者さんの「体質」を明らかにして「どこ」という明らかな症状ではない体調不良、あるいは一つの病変では説明できない症状を抑えるのに力を発揮する「漢方医学」、この二つの違う考え方の医学両方のいい所取りができるのが我が国の医学のいいところ、ということも言えると思います。