肝臓は以前の章でも述べたように、身体の構成成分、あるいは生命活動を維持させるために必要な成分の合成、および生命活動を行っているうちに作られる身体にとって不都合な「毒素」を処理して排泄する代謝という大事な働きを行う臓器です。このように重要な働きをする肝臓に不調が現れると体に様々な症状が現れてきます。この章では肝臓に不調が現れた場合にどのような症状が現れて、それがどのようなメカニズムで起こるかについて説明していきたいと思います。
(はじめに) 肝臓への不調の起こり方―急性と慢性の違い
他の章でも少し述べましたが、肝臓の不調は日~週単位で起こる急性の変化と、年単位で起こる慢性の変化があります。その不調が最もひどくなったものが「急性肝不全」と「慢性肝不全」ということになります。「急性肝不全」は肝炎ウイルスの感染、自己免疫、薬剤などが原因となり、急激に肝臓の働きが悪くなり後で述べるような様々な症状を起こし、生命に関わる重篤な病気です。一方、「慢性肝不全」はやはり肝炎ウイルス感染、アルコール、自己免疫などが原因となり年単位に肝臓に線維化(肝臓が硬くなること)が進行することでやはり様々な症状を起こし、最終的に生命に関わる病態です。これから述べる様々な症状は急性、慢性に共通のものもあれば、それぞれに特徴的な症状もあるので、まずは肝臓の不調に急性と慢性のものがあることを知っておいていただきたいと思います。
(1)全身倦怠感
「肝臓の不調=体のだるさ」というイメージを持ってみえる方も少なくないかもしれません。確かに肝臓の病気になった際にはこの全身倦怠感は頻度の多い症状の一つに挙げられると思います。本章の最初に述べた通り、肝臓の働きが悪くなると生命活動に必要な成分の合成や体にとって不必要な「毒素」がたまりやすい状態になってしまいます。体がうまく機能しない、あるいは体の中に肝臓で処理できなくなった毒素がたまることによりからだの至る所で細胞に障害が起こったりすることが「体がだるい」ということにつながることになります。この「倦怠感」という症状自体はかなり漠然としたもので、実際に倦怠感を訴える患者さんから肝臓の病気が見つかる頻度はかなり少ないのですが、逆に肝臓の病気がある場合の全身倦怠感はどちらかというと今まで経験したことのないような、身の置き所がないようなだるさ、と言われる方も多いようです。
(2)黄疸
これも肝臓の不調に伴う症状の代表格で御存知の方も多いのではないでしょうか。「顔色が黄色い」「眼が黄色い」「おしっこの色が茶褐色になる」などで気付かれる方が多いです。あるいは人によっては「便の色が白っぽい(薄い)」ということで気付かれる方もいたりします。この黄疸の「黄色」になる原因物質がビリルビンという肝臓で処理される毒素の一つになります。このビリルビンというのは、古くなって役目を終えた赤血球(体に酸素を運ぶ細胞)が左の上腹部にある脾臓という臓器で壊されることで作られます。この赤血球の色素成分で体中に酸素を運ぶために必要な成分であるヘモグロビンという成分が古くなった赤血球が脾臓で壊される際に分解され、ヘムという成分とグロビンという成分に分解されます。このうち、ヘムという成分が脾臓でビリベルジンという成分を経て、ビリルビンとなり肝臓に運ばれることになります。このビリルビンは肝細胞に運ばれ、グルクロン酸抱合という反応を受けて、肝細胞から作られる胆汁とともに胆管という胆汁の通り道を通って、十二指腸に流れ最終的に便として排出されます。少し長たらしくてわかりにくかったかもしれませんが、古くなった赤血球が脾臓で壊れることでヘモグロビンからビリルビンが作られ、これが肝臓に運ばれることで、胆汁とともに最後は便になって処理される、と要約して理解するくらいで差し支えありません。
黄疸=血中ビリルビンの上昇が肝臓の不調で起こるのには二つのメカニズムがあります。一つは肝臓の細胞が一気に壊されることで肝細胞に溜まっているビリルビンが直接血中に流れ出すこと、これは主に急性の変化で現れます。もう一つが本来肝細胞から胆汁に流れ出す経路が障害されることで肝細胞で取り込まれるべきビリルビンが肝臓内にうまく取り込むことができなくなり、また胆汁の合成も悪くなるため、そのまま素通りして血中に出てしまう、というメカニズムでこれは急性、慢性の両方に共通した黄疸のメカニズムになります。ビリルビンそのものは確かに毒性物質の一つとして知られており、特にその神経毒性は、少し肝臓の病気と離れますが、新生児の「核黄疸」として重篤な脳障害を起こし生命に関わったり、肝臓の病気では末梢神経を刺激することでひどい痒みの原因になったりする、とされています。このビリルビンこそが諸悪の根源、という勘違いをされることがあります。ただ、実はこの体内にあるビリルビンのほとんどは毒性がないとされ、あくまでビリルビンというのは肝臓が働かなくなることで貯留してしまう数ある毒性物質の「代表格」ということで肝臓における異常の全てを説明する訳ではないことには注意が必要です。
(3)肝性脳症
肝臓の働きが悪くなると様々な毒性物質が体の中に蓄積されることになります。その中には神経に対する毒性を持つ物質もあります。それらの毒性物質が影響して脳神経に現れるのが肝性脳症です。肝性脳症に特徴的な症状としては「羽ばたき振戦」があります。具体的には、手を前に出して手首を背屈(手首を体側に曲げる)すると、正常の方ではそのまま動くことはありませんが、肝性脳症のある方では指が前後方向に小刻みに震える、という症状が現れます。肝性脳症では意識はあるものの、その場にそぐわない異常行動から、完全に昏睡状態に陥るなどの様々な程度の意識障害が現れてきます。時に認知症と間違えられるケースもあったりしますが、肝性脳症は進行が早く、可逆性がある(治療により正常に戻る)というのが特徴です。
(4)浮腫、(胸)腹水
肝臓が働かなくなることで、体の中のタンパク質の中で重要な成分であるアルブミンというタンパク質も合成が悪くなってしまします。このアルブミンが血液中で低下することで血液中の浸透圧が低下します。体中に張りめぐらされている毛細血管には血液中の必要成分を細胞内に取り込んだり、逆に不必要な成分を血液中に戻すために小さな孔が空いています。この孔を通らない物質の一つがアルブミンで、このアルブミンの濃さが「浸透圧」を形成する重要な要素になります。血管の中と外で浸透圧の不均衡が起こっている場合には、それを等しい方向にしようとして、浸透圧の低くなった血管内から血管の外へ小さな孔を通ることができる分子のはるかに小さい水分が移動します。この血管内から血管外に漏れてしまった水分が、手足に起こると浮腫(むくみ)になり、これがお腹の中にスペースに漏れてしまうのが腹水、胸のスペースに漏れるのが胸水、ということになります。
むくみが起こることで血流が悪くなり、手足の痛みが起こったり、腹水に伴って腹部膨満感、食欲不振が起こり、さらに栄養不良になることでアルブミンがさらに低下する、という悪循環が起こります。また胸水がたまると十分に肺が膨らまなくなり、酸素が十分に入らないことで呼吸困難をきたしたりします。また一方、相対的に血管内の水分が減ってしまうことで、体の循環が悪くなるのを防ぐためになるべく尿を出さないようにするホルモンが過剰の状態になってしまい、体全体として水分をためこむ傾向になることで、さらに浮腫、(胸)腹水を助長する、という悪循環も形成されてしまいます。
(5)出血傾向
肝臓で合成される重要なタンパク質としてもう一つ重要なものとして凝固因子があります。この因子は血管に損傷が起きた時にその損傷を修復さるために血栓(血の塊)でまず損傷部位を修復する訳ですが、その血栓を強化するタンパク質です。この凝固因子が低下することでちょっとした衝撃で血管に損傷が起こった時に容易に出血が起こってしまう、いわゆる「易出血性」という現象が起こりやすくなってしまいます。
また、肝硬変に代表される慢性肝疾患、肝不全の場合は、肝臓が硬くなることで肝臓に入る最も主要な血管である門脈という血管の圧が上がる、「門脈圧亢進症」という現象が起こります。この門脈という血管はほとんどの腸管からの血流を集める上腸間膜静脈と脾臓からの血流を集める脾静脈という血流が合流することで形成されます。門脈圧亢進症が起こると一方にある脾静脈の血流がうっ滞(渋滞)を起こすことで脾臓が腫れてきます。これを脾腫と呼びます。脾臓の主な働きの一つに古くなった血球(赤血球、白血球、血小板)を破壊する、というものがあります。生理的な状態では古くなった血球が脾臓で壊され、新たに骨髄(骨の中心にある血球を作る場所)から同じくらいの数の血球が作られることで、血球の数はほぼ一定の数に保たれています。脾腫が起こると血球が脾臓の中にうっ滞することで、本来壊すべきでない血球成分まで壊し始めます。これが骨髄で作る血球数を上回ってしまうと血球の数が減り始めることになります。いわゆる汎血球減少(血球全部の減少)です。血球のうち、血小板は先ほど述べた血栓形成の最初の反応として、血管の損傷部位に血小板が集まることでまず止血反応を開始する働きがあります。また血小板には血管を強化する働きがあります。これらの働きがある血小板が特に肝硬変に伴う門脈圧亢進症で減少することで血管がもろくなり、また血栓ができにくくなり、その結果、血が止まりにくくなることでやはり出血傾向をきたすことになります。
(おわりに)
本章では肝臓の不調に伴う、比較的緊急性の高い代表的な症状について触れてみました。他にも肝臓の不調に伴って様々な症状が現れたりします。ただ一つ、強調しておきたいのは、他の章でも述べた通り肝臓は「沈黙の臓器」という別名があるくらい、ギリギリまで頑張ってしまう臓器です。肝臓の病気を抱えている方の多くは無症状であり、知らぬうちに病気が進んでしまうことで、本章で挙げたような症状が出ている時は手遅れ、ということも少なくありません。本章で挙げたような症状が出ている時はもちろん、無症状でも普段から健康診断を活用することで「肝臓をいたわる」ことに努めてほしいと思います。